森と街に暮らす

春から秋は長野、冬は東京の二拠点生活。主に自然、食べ物、日々の暮らしのことなど。

秋の気配がする

 

昨日あたりから、急に涼しくなった。
秋の気配は、先週位から感じていていたので、ついにという感じがした。
日中気温は高いが、もうお盆のころのような暑さはない。
カンカンカン、カン、と屋根にしいの実が落ちる音がする。
緑色の若い栗が落ちている。すすきをあちこちで見つける。
すずむしが部屋に入り込んできて鳴いている。
あ、秋だな、とわかるポイントがある。そんな季節感がある日々が好きだ。

 

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夏野菜の季節もふりかえればあっという間だった。

今年は、スイカをもらう機会が多くて、今までの人生で一番スイカを食べたのではないかというほどだった。水分補給にスイカ。最高でした。

ヤングコーンのひげは若草色で、ちょっとゆでて粥などの添え物にするととても美しかった。獲ったばかりのゴーヤは、ぷくっとして水分を多く含んでいて、塩もみしなくてもちょうどいいくらいの苦さだった。
ここ最近は、畑で小ぶりの茄子がたくさん獲れている。可憐な紫の花と、丸っとしたフォルムがとてもかわいい。焼きナスもいいが、蒸しナスも簡単で美味しいことを発見した。

 

夏が終わり、野菜たちの顔ぶれも移り変わっていく。
食欲も増加している。秋の気配がする。

 

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霧ヶ峰近く。ずいぶん空が高くなってきました。

 

かまどごはん

 

かまどで炊いたご飯を食べた。
あの旨味はなんだろう。「かまどで炊くごはんの味」としかいいようのない味がする。ほのかな甘みがあり、おかずなしでも箸がすすむ。薪で火をおこし、薪の量で火力を調整するのは、もはや特別な技術のように感じる。かまどで調理ができるようになりたいと思う。

 

森にきて、火をおこすのはできるようになった。灯油ストーブなどの暖房器具もあるのだが、暖炉やお風呂の追い炊きなどで火をつけることもあるし、焚火をするときには火をおこす。

 

去年は少しだけ薪割りもした。斧の重さと体の中心をつかって割らないと、うまく割れないしとても疲れる。松は堅くて割れにくく、その分火が長持ちする。昔の人は、こうした一連のことを日常の中でやっていたのだろう。スイッチ一つで火が付き、火力も調整できることは、人の暮らし方を大きく変えたのだろうと推測する。

 

 

山登り

初めて一人で山に登った。

2000m以上の高さのある山だったので、雲の中、山々が連なっているのが一望できた。早朝の山は、人もまばらで予想以上の美しさだった。英語に「Blow my mind」という表現があるが、本当に心にさっと風が通っていくような感覚がする。

 

一人なのだからどんなペースで歩くのも自由なのに、つい山頂まで急いでしまう自分がいる。これではせっかくの山登りがしんどい記憶になってしまうと思いなおし、こまめに水分休憩をとって一息つく。ふと振り返ると、山頂パトロールの人が別の峰へ行く道を登っていくところだった。一歩一歩ゆっくりと歩む様子を見て、なんだか落ち着いた。

 

歩いていると最初は日々の雑念が浮かんでくるが、そのうち忘れる。ありきたりなことだが、山は登頂だけが目的じゃなくて、山の中にいることそのものも楽しいことなのだと思う。

 

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お茶と共にある暮らし

ここ最近、お茶入れて一日のリズムを作ることが習慣になりつつある。毎日の朝食後、夕食後と、リフレッシュしたいときや落ち着きたいときにも入れる。

 

2年前、デンマーク人の友達の家に泊めてもらった時、朝晩お茶をいれてのんびり話をしたのがいい時間だった。しばらく忘れていたが、コロナ感染防止のため家にいるようになってから、なんとなく思い出して続けている。

デンマークには「ヒュッゲ」という単語がある。お茶を飲むとほっとするし、水分不足解消にもよい。ヒュッゲとお茶はセットみたいなところがあるなと思う。

 

ヒュッゲ(Hygge)とは、デンマーク語で「人と人とのふれあいから生まれる、温かな居心地のよい雰囲気」という意味の、他の国の言語では置き換えられないデンマークの個性を形成している言葉。

(引用元:アンデルセングループホームページhttps://www.andersen-group.jp/danmark/hygge.html

 

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どこまでも続く平野。デンマーク特有の風景だ。

 

清流

長野に、短い夏が来た。
夏だー!と思うのは、お盆の間の、ほんのつかの間の期間だ。

 

住まいの近くに川があって、暑くなるのを待って水浴びに行く。
水温が冷たすぎるので長く水につかってはいられないが、ゆっくりと川岸で涼む。

 

大人になって初めて川遊びをしたが、こんなに爽快感があるとは知らなかった。
野菜を水につけておくとシャキッとなるが、まさにあんな感じになる。
思えば体の70%は水でできているのだから、もともと親和性があるのだろう。

 

体はよくできているなと思うのは、夏になるとすいかやきゅうりが美味しく感じることだ。夏野菜をたべることで、熱を放出して、水分を体に取り入れている。
トマトもきゅうりもスーパーでいつでも買えるが、やはり美味しく感じるのはその野菜が一番取れるときなのだと実感する。

 

夏がきました。しばらく満喫してきます。

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日照時間と果物

今年はあんずが出回らなかった。

例年7月になるとよく見かけるが、今年は梅雨が長く、雨も特に多かったせいか、全く見なかった。8月に入って、ワッサーやネクタリン、桃などの果物が出てきたが、心なしか例年より甘さが控えめな気がする。

日照時間が果物の質に影響する。シンプルだけれど、工場生産のもので均一の質が手に入ることに慣れてしまったからか、農作物は自然の一部であるという当たり前のことにハッとする。

 

人も作物と同じように、水と土と光を必要とするのだろう。

同僚がふと、「こっちにくるとつま先とか爪先が汚れるんだよね」といった。舗装されてない道があって、森があって、作物を育てている畑がある。日の光を浴び、土に触れることで、無意識のうちに自然から安らぎを与えられていると思う。

 

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やっと晴れた日